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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)5180号 判決

原告 大阪商工団体連合会

被告 国

訴訟代理人 広木重喜 外八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

被告は、原告に対し、金一五万円におよびこれに対する昭和三九年一一月八日から右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払い、かつ左記の謝罪文を交付せよ。

塩崎潤は、国の機関である大阪国税局長として、大阪商工団体連合会に対してつぎの諸点について故なく誹謗しました。

一、貴会が小規模零細業者の生活と権利を守る立場から生活費課税反対等正当な要求を掲げて運動しておられるにもかかわらず、塩崎潤は昭和三九年三月三日前記要求を一般国民の納税意欲を低下させる意図をもつ不当な行為である旨記載した要求書を、貴会宛に送付し侮辱しました。

二、塩崎潤は、右同日大阪国税局庁舎内において朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞社、産経新聞社等の各新聞記者十数名に対し記者会見して、前記要求書と同趣旨の発表をし、同日付読売新聞夕刊、同日付毎日新聞夕刊等に「反税看板の撤去、国税局商工団体連に警告」「納税意欲低下さす立看板、大阪国税局、商団連に撤去要求」等の見出しのある記事を掲載させ、貴会が反税団体であるかの如き印象を与え、貴会を侮辱しました。

国は塩崎潤の前記行為につき遺憾の意を表明し、ここに大阪商工団体連合会に対し深甚な謝意を表します。

昭和 年 月 日

代表者法務大臣 小林武治

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二、被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告大阪商工団体連合会(以下単に大商連という。)は、大阪府下在住の中小零細商工業者の営業と生活、権利を守ることを目的とし、自分たちの利益が守られればよいという狭い立場ではなく、日本の全勤労人民と共に団結して苦しみの根源とたたかうことが根本的に零細業者の利益であるという方針を運動の基調にすえ、日常不断に地域の種々の共斗組織に参加し、労働者や農民とともにたたかつている大衆組織である府下各単位民主商工会(以下単に民商という。)をその構成員として昭和二八年に結成された連合会で法人格なき社団であるが、右の組織結成以来、重税反対、融資要求、日本の独立・平和のたたかいの要求や意義をあらゆる表現を通じて、すなわち、「生活面に食い込む重税反対」「割当て課税反対、自主申告を認めよ」「自家労賃を認めよ」「生活費の非課税」「自民党の重税と営業破壊の政策反対」「租税特別措置を廃止せよ」「国民健保税引き上げ反対」「売上税創設反対」「高物価をまねく固定資産税値上げ反対」「憲法改悪反対」「日韓会談反対」「日本を戦争にまきこむ一切の軍国主義政策反対」「公共料金の値上げ反対」「納税者の権利を尊重する税務行政を行なえ」「行政不服審査法にある納税者の諸権利をただちに実施せよ」「中小商工業者に政府は長期・低利の融資を保障せよ」等無数のスローガンをその都度掲げて日常不断にビラ配り、ビラ貼り、署名、小集会、デモ行進、学習会活動等を行ない、会員、業者、市民、労働者、農民その他あらゆる階層への呼びかけや訴を団体活動の根幹としてきたものである。

他方、訴外塩崎潤(以下単に塩崎という。)は被告国の機関である大阪国税局の局長の職にある国家公務員であつたものである。

(二)  原告は、昭知三九年二月下旬から三月ごろにかけて傘下民商と共に前記目的と諸要求実現のため、別紙(一)記載のとおりに要約した各スローガンを記載した七種類の立看板(以下単に本件立看板という。)一五〇〇枚を大阪府下一円に掲げるとともに、あるいはビラ二〇万枚を配布し、あるいはポスターを各戸に配布し、あるいはデモ行進に参加し、あるいは他の業者団体との統一行動に参加したが、その内容は税制の改正意見であり、その方法は憲法で保障されている表現の自由の範囲内のものである。

(三)  しかるに、塩崎は、時の政党政府の諸政策の実施に当つては、殊に国民全体の奉仕者たる立場を遵守し慎重に行動することが要求されているにかかわらず、反民主主義的な政治目的をもつて、昭和三九年三月三日原告の前記諸政策に反対し、政治の方向に影響を与える意図をもつて、その国家公務員たる職務に関連して、原告の前記本件立看板掲出行為に対し、「一般国民の納税意欲を低下させる意図をもつ不当な行為である」旨の不当な評価を加えて虚偽の事実を摘示した別紙(二)要求書を原告宛に配達証明郵便で送付すると同時に、その到達を確かめることもせず、直ちに大阪国税局庁舎内において、朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞社等十数社の各新聞記者十数名に対し、原告の本件立看板掲出行為が不法なものであるかの如く新聞に記事として掲載させる目的をもつて、悪質事犯広報の発表形態において記者会見を行ない、別紙(二)要求書の記載内容と同趣旨の発表をなし、同日付の読売新聞夕刊、毎日新聞夕刊等各新聞に「反税看板の撤去、国税局商工団体連に警告」「納税意欲を低下させる立看板、大阪国税局商団連に撤去要求」「納税意欲下げる看板やめよ国税局、商工団体に要求」なる見出記事を掲載させることにより(右新聞の中に原告側の主張をも同時に掲載したものもあるが)、その見出しの書き方および記事全体を通じて、原告があたかも反税斗争を目的とし、ことさらにいやがらせのために本件立看板を掲出し、かつ、そのようなことをする不法分子の集団であるかのごとき印象を一般国民に与えて、何らの違法性もない原告の前記本件立看板掲出行為に対し濫りにこれを誹謗し、よつて、

1 公然と原告を悔辱し客観的名誉の主体である原告の信用、名誉を毀損し

2 原告が掲出した本件立看板のスローガンの趣旨とその宣伝効果を著しく減殺して原告の言論の自由を侵し、民商をことさらに差別扱いして原告の結社権を侵害したものである。

なお、塩崎の右行為は人事院規則一四の七第五項五号に定める政活目的をもつて同第六項一号に定める政治的行為をしたことになるから、国家公務員法一〇二条に違反する。

(四)  原告は昭和二八年組織改組以来十数年の活動の歴史をもち、傘下に数十の民商を擁し、昭和三九年三月当時会員約二万名を擁し、その代表者をもち、規約に従つて社会的に単一独自の有機体として前記のとおりさまざまの宣伝活動を展開してきた非営利団体で、いわゆる権利能力なき社団であるが、その活動の成果は大阪府下在住の業者を中心に全国的に評価され、団体としての名誉、信用を得ているところ、前記塩崎の原告の本件立看板掲出行為についての新聞記者発表、およびその記事を掲載せしめた行為により、原告の社団としての社会的評価が害されたうえ、会員が動揺し若干の脱退者が出たり、他の業者団体との統一行動が困難になつたり、その対策として理事会事務局長会議を開いたりしたことによつて、原告には慰藉料とは別に非財産的損害が発生した。前記のごとく新聞掲載により国民の多数に与えられた原告の悪印象は直ちに謝罪広告を新聞に掲載してその名誉回復をはかつても容易に現状回復ができない。したがつて数年を経た後謝罪広告がなされても一たび侵害された社会的信用、名誉はとうてい回復されないものである。これを金銭に換算するならば少くとも一〇〇万円を下らない。

(五)  よつて、原告は被告に対し国家賠償法一条にもとづいて、右損害額の一部である金一五万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三九年一一月八日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、右損害を回復するためには被告から、請求の趣旨第一、の一に記載のとおりの謝罪文の交付を受ける必要があるので民法七二三条により謝罪文交付を求めるため本訴に及んだ。

二、被告の認否および主張

(一)  原告の請求原因(一)項のうち、塩崎が大阪国税局長の職にあつたこと(但し、昭和三七年五月一六日から同三九年七月二日まで)は認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)項のうち、原告傘下の民商の一部が別紙(一)記載のとおりの文言を記載した立看板を原告主張の日時に大阪府内各所に掲出したことは認めるが、その意図が原告主張のような目的にあることは否認する。

(三)  同(三)項のうち、塩崎が原告主張の日時に別紙(二)要求書を原告宛に配達証明郵便で送付したこと、同日大阪国税局庁舎内において朝日新聞社等の新聞記者十数名に対し右書面と同趣旨の発表をしたこと、同日付読売新聞夕刊に「反税看板の撤去、国税局商工団連に警告」という見出しの記事が、同じく毎日新聞夕刊に「納税意欲を低下さす立看板、大阪国税局商団連に撤去要求」という見出しの記事が掲載されたことは認めるが、その余は否認する。

新聞社は記事を掲載するか否かにつき取捨選択の自由を有し、かつ、記事の内容は当該新聞社が自ら決定し第三者たる塩崎が容喙する余地はない。したがつて塩崎が原告主張のように各見出しおよびその記事を掲載させたものではない。

(四)  同(四)項の損害が発生したことは否認する。

(五)  本件紛争が生ずるに至つた経過

原告およびその傘下民商の各役員およびその会員は、かねてよりしばしば計画的かつ組織的に税務行政に対する妨害やいやがらせを行なつてきたが、昭和三八年初めごろから税務行政に関する行動はつぎに述べるとおり一段と活発化し、そのため大阪国税局およびその管内税務署の業務執行が著しく阻害されていた。

1 集団申告

昭和三八年三月、昭和三七年分の所得税の確定申告にあたり別紙(三)集団申告一覧表記載のとおりの集団申告をなしたが、その態様は、民商会員多数が税務署周辺に集まり、場合によつてはデモなどの示威運動を行なつた後、集団で署内になだれこみ、各人が一時に確定申告書を提出したり、民商事務局員が多数の会員の申告書をまとめて申告期限直前に一括提出したりした。その結果、一般納税者に対する納税相談や申告書受付事務が阻害されたうえ、一般事務も一時中止された。

2 過少申告

大阪国税局管内で昭和三七年分の一般事業所得者(民商会員を除く)に対し過少申告のため更正決定を行なつたのは申告者の〇・五パーセントであつたが、民商会員で過少申告をなし更正決定を受けた者は四・五パーセントであつてその比率は非会員の九倍である。また、更正決定金額についてみても申告所得金額に対する更正決定金額の割合は一般事業所得者が一二一パーセントであつたのに対し、民商会員のそれは一八〇パーセントであつた。

したがつて、民商会員の昭和三七年分所得税確定申告における過少申告の度合はその人数、所得金額(税額)において一般事業所得者のそれに比べて非常に高いものである。

3 調査に対する妨害

昭和三八年大阪国税局管内の各税務署が、昭和三七年分所得税確定申告等の正否についての調査を実施したところ、

(1)  城東区新喜多町の家具製造業者は、昭和三八年一月一四日同人の所得調査のために訪れた担当職員に「帳簿は民商事務局に預けてある。民商事務局員の立合がなければ、帳簿の提示はできないし調査にも応じられない」といつて調査を回避し、同人の連絡を受けてやつてきた城東民商の事務局長は「資料の整備が不十分であるから調査に応じられない。強制調査であれば令状を見せろ、任意調査であれば帰れ」といつて調査を妨害した。

(2)  城東区鴫野東之町の紙器製造業者(女主人)は、昭和三八年六月ごろから再三担当職員が所得調査のため同女宅を訪れてもいつも不在で、同年七月十九日第四回目に訪れた際、同女の夫に来意を告げ帳簿の提示方を求めたところ、同人は城東民商事務局に対し電話で「税務署がくるたびに家内は逃げたり、かくれたりして、夜も眠れない程心配している。預けてある帳簿を見せて説明すれば、納得のいく調査をしてもらうことができると思う。納得のいく税金は納めてもよいと思つている。帳簿を返してくれ。」と申入れたが、事務局がこれに応じなかつたため、調査ができなかつた。

(3)  東住吉区田辺東之町の自転車業者は、徹頭徹尾所得調査を回避した。そこで、担当職員がやむなく昭和三八年一二月一七日同人の主たる取引先に出向いて同人との取引内容を調査していたところ、同人がやつてきて大声で「何ということをしとる。誰の許可を得て帳簿を調べとるのか。ここで手をついて謝れ。」などとどなり続けたため調査先の従業員等がおろおろして仕事が手につかぬ状態であつたので、担当職員は取引先に迷惑をかけると思い、調査を中途で打ち切つた。

(4)  城東区今福中一丁目の清掃工事業者は、所得調査に対し、第一回目の臨店時を除いて、昭和三八年六月一九日から同年七月二二日までの間、担当職員が前後一一回にわたり臨店または電話連絡をしたにもかかわらず、「帳簿書類は商工会にあるからそこへ行つてほしい」と書類の取り寄せを拒否したり、不在であつたりして同人と一度も面接できなかつた。

(5)  原告およびその傘下の浪速商工会の幹部四名ないし十五、六名は昭和三八年六月二六日、同年同月二九日および同年七月二日の三回にわたり、浪速税務署所得税課所得税第一係長の私宅に押しかけ、調査方法についての抗議などを行ない、調査担当者に威圧を加えた。

右に例示したような調査の回避妨害行為は、民商が「納税者心得」なるものにおいて「突然な調査は断わる権利がある」とか「自己に不利益な答弁は一切する必要はない」とか「納税者の許可がない限り、みだりに調査を行なうことはできない」とか「三度帰つてくれと願つて帰らぬ場合は不退去罪が成立し、その調査は違法になる」とか、あたかも納税者がその都合によつて勝手に調査を断わることができるという誤解を与えるような見解を流布していたことからもうかがえるように、たまたま一部の者が単発的、偶然的に行なつたものではなく、民商の統一した活動方針に基づき計画的に指導実施されていたものである。

4 集団抗議

原告およびその傘下民商の各幹部および会員は、昭和三七年分所得税の確定申告期である昭和三八年二、三月ごろと調査を実施した同年六、七月ごろと昭和三八年分所得税の確定申告期である昭和三九年二、三月ごろに、別紙(四)集団抗議一覧表記載のとおり頻繁に大阪国税局および管内各税務署に集団で押しかけ、左記にのべるような税務行政等に関する抗議や申入れを行ない、その都度右官署の業務を妨害した。これらの集団来署にあたり民商が主として主張しつづけていたことは「自主申告を認めよ、一方的な調査や更正をするな」「年所得〇〇万円まで免税にせよ」「自家労賃を認めよ」などという抗議要求であつた。しかし、「年所得〇〇万円まで免税にせよ」「自家労賃を認めよ」などという現行税制に反する要求は、税務行政の執行機関である大阪国税局や各税務署では如何ともなし難いことであり、また、「自主申告を認めよ、一方的な調査や更正をするな」という要求は、税務当局が納税者の申告を鵜呑みにせよということであり、税務行政に対し真向から対決を迫るものである。

5 悪質な宣伝

原告傘下の城東商工会は訴外大阪商工協議会と共同して、昭和三八年七月二七、二八日、「全区民の皆様に訴える!」「税務署の『問答無用切捨御免』のフアツシヨ的調査を許すな!」と題するちらし相当数を朝日、毎日の各新聞の朝刊に折り込み、または駅頭で配布した。右ちらしは、城東税務署員が「何日間も店舗や工場に居すわり、手当り次第好き勝手なことをしては営業の妨害を行なつたり」「納税者の承諾も得ず無断で屋内に上り込だり」等々、無暴極りない暴漢に等しい方法で調査徴税を行なつているなどと事実無根の事柄を摘示し、同署員を誹謗するものである。

そこで、大阪国税局長は右の悪質な宣伝は故意に事実をわい曲あるいはねつ造して税務行政を妨害せんと意図した行為であると認め、善良な納税者との課税の公平を図るためにも厳正な態度で臨む必要があるとの理由で同月八月一三日城東商工会に対し文書でかかる税務妨害行為を止めるよう警告を発した。(ちなみに、この件については定例記者会見でその旨発表し、同年八月一三日の夕刊または翌一四日の朝刊紙にその記事が掲載された。)

以上のとおり、民商は本件立看板を立てる以前から「自主申告」の貫徹を旗印として集団の力をたのんで税務当局の職責である調査や更正をやめよと要求し、また、税務調査を悪質な宣伝をもつて誹謗し、現に税務当局が実施する民商会員に対する調査を組織的に回避したり妨害したりするなど、税務行政に重大な支障を与える行為を繰り返してきた。

なお、所得税の確定申告期は毎年二月一六日から三月一五日までの一ケ月間であるが、この期間はいわば税務署と納税者とが集中的に接しあう税務行政にとつて極めて重要な時期であり、税務行政のあり方の真価が世に問われる大事な時期である。

ところが、原告は、ことさら昭和三八年分所得税の確定申告期間中である同三九年二月下旬ごろから、申告および納税のために納税者が多数集まる旭、住吉、布施、八尾および東成の各税務署前路上に、「税務署の一方的押しつけ課税反対!納税者の計算した自主申告を認めよ」というような税務行政に不信を抱かせ、または、「自民党池田政府の高物価重税・不況の政治に反対し・・」「自家労賃を認めよ・・」「税金は大企業からとれ・・」など現行税制に対する反感を煽る本件立看板各十数枚を立てかけた。

原告の右の立看板掲出行為は、前記民商の従来の言動を合わせ考えると、一般納税者の納税意欲に水をさし、もつて所得税の確定申告事務に対する妨害ないしいやがらせを意図するものである。

そこで、大阪国税局は、先ず所轄税務署長に、原告の構成員たる最寄りの各民商に本件立看板の撤去を勧告(強制力はない)させたが、旭、東住吉、東成の各税務署前路上においてはその撤去がなれなかつた。そこでさらに大阪国税局は昭和三九年三月二日の定例部長会で本件立看板掲出は、一般納税者の納税意欲を低下させ、税務行政に悪影響を及ぼすおそれがあるので、早急な撤去を求むべきであると判断し、直ちに原告宛に文書で傘下民商に対し撤去方を連絡するよう決定し、同時に大阪国税局長が納税意欲に悪影響を及ぼす本件立看板の撤去を求めたことおよび前叙のちらしの再配布を戒めたことを一般納税者に知らせることは、納税者の納税意欲の維持向上をはかるために必要であると判断し、このことを定例記者会見で発表することを決定した。

右決定に基づき塩崎は、原告主張の日時に原告宛別紙(二)要求書を送付して本件立看板の撤去を勧告し、かつ、同日の定例記者会見で本件事案の所管部長であつた長岡直税部長を介して各新聞記者に、〈1〉本日大阪国税局長が原告に対し、原告傘下の民商が税務署長の撤去要求にかかわらずなお税務署前に立てている立看板を撤去するよう傘下の民商に連絡することを書面で要求したこと、〈2〉確定申告の時期に本件立看板を税務署前に立てることは一般納税者の納税意欲を低下させ、税務行政に悪影響を及ぼすおそれがあるので撤去を求めるものであることを発表し、資料として原告に送達した別紙(二)要求書の写しを配付したほか、立看板の掲出状況を示す写真を開示供覧した。

ちなみに、別紙(二)要求書送付後、原告はその非を認めて残余の本件立看板を撤去した。

(六)  原告の主張はつぎの理由により失当である。

1 前叙の原告およびその傘下民商の税務行政に対する妨害と密接な関連を有する本件立看板掲出行為(その立看板の内容、その掲出の時期および場所からみて、所得税の適正な申告および納付に重大な支障を及ぼすもので公共の福祉に反し言論の自由の濫用ともいうべきもの)に対して、当時近畿地区の国税の賦課徴収業務を指揮・統轄する大阪国税局の局長であつた塩崎が国家利益からみて本件立看板の影響が看過できぬ程に重大であると判断し前叙の措置を採つたことは、その方法、内容において適当とみられる限度をこえない時宜を得た適切な措置であるから、何らの違法性はなく正当である。

2 塩崎の前叙措置(立看板の撤去勧告と新聞記者会見)は国税局の前記性格にかんがみ国家財政上重要な所得税の確定申告および納税事務という公共の利害に関する事実にかかるものであつて、その目的専ら公益を図る目的に出たものであり、別紙(二)要求書の記載事実および新聞記者に発表した内容は真実である。

3 塩崎は右のような目的で前叙の措置に出でたから、同人には原告の名誉を毀損する故意がない。

4 塩崎は前叙の措置に際し、同人が摘示した事実は真実であると信じていたものであり、かつ真実であると信ずるにつき相当な理由があつた。

5 別紙(二)要求書の文言中の「納税意欲を低下させる」とは税金を納めようとする気持をそぐことないしは納税義務意識を低下させるという意味の抽象的表現であり、また、同要求書の内容は、原告が立看板の撤去方をその傘下民商に連絡するよう要求するとの趣旨であり、それに必要な限度で撤去を求める理由を述べたに過ぎず、一般人がこれを読んでも、原告を反税団体呼ばわりしてその名誉を毀損するものとは思われないとともにその表現からしても原告の社会的地位を害するほどの表現はなく、いずれにしても塩崎の前叙の措置は原告の社会的地位を害するものでない。

ちなみに、原告は昭和三九年三月九日塩崎の前叙の措置につき、名誉毀損、侮辱、ならびに国家公務員法に違反するとの理由で大阪地方検察庁に告訴したが、同年四月二七日「罪とならず」との理由で不起訴処分になつた。

なお、原告は塩崎の前叙の措置が国家公務員法一〇二条に違反するというのが、人事院規則一四の七の第五項五号にいう「政治の方向に影響を与える意図」とは、日本憲法に定められた民主主義政治の根本的原則を変更しようとする意思をいうところ、同人がかような意思をもつて前叙の措置を採つたものでないことは明白である。したがつて、同人の行為は国家公務員法一〇二条に違反しない。

三、被告の主張に対する原告の反論

(一)  本件立看板掲出行為の正当性

1 本件立看板の記載内容は正当である。昭和三九年当時の中小零細業者の営業と生活の実情ならびに当時の池田内閣の政策、とりわけ租税政策および大阪府・市民税の実情からみれば、本件立看板の個々の内容は、いずれも零細商工業者にとつて営業と生活の根本にかかわる切実な心の底からの要求であり、零細商工業者の営業と生活を守る大商連にとつては基本的な団体活動そのものであつて、それぞれ極めて正当性、妥当性を有するものである。それ故、本件立看板を全体として評価してもますます正当性、妥当性が強まるものである。

2 本件立看板掲出の目的、方法は正当である。右1で述べたような正当な要求をあらゆる方法をもつて宣伝し、会員内に徹底して団体の団結を固め、会員外の業者や納税者に広く訴えて、広く運動を起し、併せて原告団体の拡大をはかり、その力をもつて要求の名宛人に改革を求めていくことは正当であり、宣伝効果の大きい「時」と「場所」を選んで立看板を掲出するという方法で行なつた宣伝活動であつて、被告主張のような「不当な意図」は原告にはなく、本件立看板の掲出数量においても何らの異常性は認められない。

3 被告は「本件立看板が納税者の納税意欲を低下させる意図をもつもの」と主張するが、「過少申告でもしよう・・・」というような気持を納税者に教唆し慫慂するような表現は本件立看板のどのスローガンにもなく、「全体的」にみてもどこにも被告主張のような錯覚や誤解を誘発させる表現はない。

要するに、日本国憲法は基本的人権を保障し個人の尊厳を重じ、思想、信条の自由、言論表現の自由を保障して個人の内心の意思、意欲に介入、干渉することを排斥するとともに、所得税法、国税通則法は所得税について申告納税制度を規定し、税務行政の適正、円滑な遂行のために、所得税法、国税徴収法、国税犯則取締法に取締規定を設け、罰則の規定を設けている。したがつて、憲法ならびに右諸税法は納税者を信頼し、納税者の思想、信条、および表現、言論の自由を保障し、規制行為はその範囲を法律で明確に規定している。ところが、被告は納税者を信頼せず、その内心の意欲、反応に立ち入り、恣意的判断のもとに本件立看板掲出行為が不当であるとした。それゆえ、被告の右評価は明らかに不当である。

(二)  被告の「原告および傘下民商が昭和三八年以降税務行政に対して妨害ないしいやがらせを行なつた」旨の主張に対する認否および反論

1 集団申告の日時は知らない。確定申告期間中に、申告納税制度にもとづく自主申告に対する税務署職員の不当な容喙や介入行為を排除するため申告書の一括提出をなしたものであるから違法ではない。

2 過少申告の点については知らない。

3 調査妨害の事実は知らない。

4 集団抗議の点については被告の不当調査、不当課税に抗議したことは認める。

5 悪意の宣伝については被告主張のちらしを新聞に折り込み配布したことは認めるが、そのちらしの内容はすべて真実である。

被告は原告がなしたと主張する右集団申告、過少申告、調査妨害、集団抗議、悪意の宣伝などの行動をとらえて、原告が「不当の目的」をもつて本件立看板を掲出したと主張するが、右の諸事実は原告の本件立看板掲出行為と何ら関連性がない。

なお、昭和三八年は、木村国税庁長官が民商会員について徹底的調査をなすよう通達を発したので、大阪国税局管内においても従来の税務行政の慣行(事前通知、民商事務局員の立会い、調査要件の開示)が破られ、全国的に民商に対する選別的な不当、違法な調査や更正決定の乱発が行われ、さらには、政府の重税政策は一層厳しくなり、国民の中に重税反対の世論が盛り上がつていた年である。かかる国税当局の税務行政の転換に対し、慣行尊重、不当調査中止の要求をかかげて、税務署長との話し合いを求めたり、抗議の行動がとられたのであり、この時期に民商が公平な税制、自主申告制度による民主的な税務行政の実現を要求してたたかうのは当然である。

ちなみに、前記長官通達の真の意図、終局的な目的は、中小業者の利益を擁護し、税制の民主化等のためにたたかう民商の破壊を意図するものであり(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇、九一七号事件、同四三年一月三一日判決言渡し本件においても原告を「反税団体」呼ばわりしている新聞記事があるが、これは被告(長岡を介して)の発言にかかるものと推測され、被告の立看板に対する不当な中傷介入は右一連の調査等の選別的強化等による民商破壊行為と軌を一にするものであつて、本件立看板掲出行為自体は何ら不当とすべきものはないにもかかわらず、ことさらに撤去を要求したり、口実をもうけ新聞発表するなどして民商の信用を毀損し、よつて、民商の活動を抑圧し、民商を破壊に導こうとするものである。

(三)  塩崎の行為の違法性について

1 本件立看板掲出行為によつて税務当局の「正当な利益」が侵害されたとはいえず、また侵害の蓋然性もないうえ、原告の名誉、信用と対比すべき税務当局の「正当な利益」も存しない。

2 被告の行なつた措置の方法、内容をみるに、別紙(二)要求書を配達証明郵便で原告宛に発送し、その到達を確かめることもせずに、直ちに新聞記者会見を行ない、本件立看板掲出行為を一般国民の納税意欲を低下させる意図をもつ不当なものと歪めて発表し、各新聞をして報道させるというものであるから、とうてい「やむをえず」「その方法、内容において適当と認められる限度」で行なつたものとはいえない。

3 塩崎が原告に送付した別紙(二)要求書や新聞発表でした事実は真実ではない。

(四)  被告は塩崎に故意、過失がないと主張するが、塩崎は新聞発表により国民が本件立看板掲出行為は不当なものだと理解すること、すなわち、掲出者の民商が不当な行為をしていると国民が理解することを容認していたのであるから、原告の名誉を傷つける結果の発生を認識しながらもこれを容認して右要求書を送付し、新聞発表を行なつたものであり、また、本件立看板掲出行為の正当性に照らすと、被告(塩崎)には摘示事実の真実性を信じかつかく信ずるにつき相当な理由があつたとはいえない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  昭和三九年三月三日、当時大阪国税局長であつた塩崎潤が別紙(二)記載の要求書を原告宛に送付したこと、同日大阪国税局庁舎内において行なわれた朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞社等の新聞記者会見で右要求書に記載されている内容と同趣旨のことを発表したこと(以下新聞記者発表という)、同日付読売新聞夕刊に「反税看板の撤去、国税局商工団連に警告」という見出し記事が、同じく同日付毎日新聞夕刊に「納税意欲を低下さす立看板、大阪国税局商団連に撤去要求」という見出しの記事が掲載されたことは当事者間に争がない。

ところで、本件の争点は、要するに、被告国の機関である大阪国税局長が行なつた本件要求書送付ならびに新聞記者発表が、原告の名誉、言論の自由あるいは結社権を違法に侵害するか否かにあるが、その判断にあたつては、(一)原告大商連の団体としての性格および活動(二)本件立看板掲出行為に至るまでの経緯(三)本件立看板掲出と大阪国税局長の措置等を綜合考察することを要する。以下、順次この点について判断する。

(一)  原告大商連の性格および活動

〈証拠省略〉によれば、原告大商連は、昭和二二年大阪において重税反対税務行政の民主化等を目的にかかげて零細業者が団結して結成された全大阪生活擁護同盟を同二八年に改組したもので、上部団体の全国商工団体連合会に加盟しているものであるが、中小業者の営業と生活を守ることに重点をおき、他の労働者、農民、婦人、市民らとともに、「わが国の平和と独立」「税制改革」「税務行政の民主化」「営業と生活を守る」等の諸要求で団結し力を合せて、その要求実現のため「免税点の引き上げ」「融資」などについて数多くのスローガンをかかげてビラ配り、ビラ貼り、小集会、デモ行進等の諸活動をなしてきたことが認められる。

(二)  本件立看板掲出行為に至るまでの経緯

1  〈証拠省略〉によれば、原告の事務局員および傘下民商の事務局員、会員一二〇名ないし四〇〇名が昭和三八年三月ごろ前後三回にわたり、城東税務署ほか二、三の税務署に赴き、一時間ないし三時間にわたり、大声で「一方的調査反対」等の抗議や「不況下で所得吊上げ反対、自主申告を認めよ」「所得八〇万円以下を免税にせよ」などの要求を行なつた(集団抗議)うえ、四〇〇通ないし一、五二三通の確定申告書を一括提出(集団申告)した事実、右集団抗議および集団申告は被告の税務行政事務の円滑な運営に事実上支障をきたしたことが認められる。

2  〈証拠省略〉によれば、大阪国税局およびその所轄税務署の行なう税務調査に対して、民商会員が営業帳簿を民商の事務局に預けたり、居留守を使つたりして調査を回避したこと、事務局員、会員が数名調査に立会つて「調査の理由を明らかにせよ」とか「強制調査なら令状を見せろ」など言つたこと、浪速区においては四名ないし一五名の民商事務局員、会員が昭和三八年七月頃浪速税務署所得税課第一係長の家庭に押しかけ調査について抗議したこと、原告が納税者心得十ケ条(別紙(六)参照)と題する書面を作成して調査を受ける納税者の心得について民商会員を指導していたことが認められる。

3  原告傘下の城東商工会が昭和三八年七月二七日、二八日「全区民の皆様に訴える!税務署の『問答無用切捨』のフアツシヨ的調査徴税を許すな!」と題するちらしを相当数新聞に折り込みまた駅頭で配布したことは当事者間に争いがないところ、〈証拠省略〉によれば、国税局が右ちらし配布に対し、故意に事実をわい曲あるいはねつ造した税務妨害を意図したものであるから、かような調査の妨害、ビラ配布等の妨害行為に対し善良な納税者との課税の公平を図るために厳正な態度で臨むことを明らかにし、同年八月一二日文書で城東民商に警告を発し、翌日そのことを新聞記者に発表したこと、そして同年同月一三日付朝日新聞夕刊に「城東商工会などへ警告、チラシ配り税務妨害、大阪国税局告発の用意も」同産業経済新聞夕刊に「商工会チラシで"

4  〈証拠省略〉によると、国税庁長官が全国商工団体連合会傘下の民商の会員に対する調査については拒否や、妨害の事例が多く、全般的に申告の水準が低くて納税について非協力的であるとして、昭和三八年七月ごろ、本年度は善良な一般的納税者との課税の公平という観点からあらゆる障害を排除して非協力的な納税者に対する調査を充実するという全国的に統一した方針を明示したこと、およびその頃、国税庁幹部(長官、次長、所得税課長)と国会議員や民商代表者との間で、民商会員に対する調査方針をめぐつて面談が行われ、その席上、長官は「民商が調査に応ずることまた民商の指導者がそのように指導すること」を要請し、所得税課長は「民商に対し、納税者心得を出し『事前の通知がない調査はこれを断る権利がある』とか『調査者に三度退去を要求してことわれば不退去罪が成立する』と下部へ指導しているが、これを是正されたい」旨要請していたことが認められる。

以上のように、原告およびその傘下民商と国税庁、大阪国税局および所轄税務署との間で対立があつたところへ本件立看板掲出事件が発生した。

(三)  本件立看板掲出と被告の措置

1  原告およびその傘下民商の一部が別紙(一)記載のとおりの各文言(スローガン)を記載した立看板(本件立看板)を昭和三九年二月下旬から三月にかけて大阪府下各所に掲出したことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、原告およびその傘下民商の一部により、本件立看板一五〇〇枚が大阪府各所に掲出され、そのうちの一部が旭税務署ほか数署の税務署前路上の電柱あるいは税務署の塀、あるいは税務署の周辺の町角に立てかけられた事実を認めることができる。

2  大阪国税局の措置

〈証拠省略〉によれば、原告らの右立看板掲出行為に対し、該所轄税務署長が関係民商に数回にわたり口頭でその撤去方を申し入れたところ、その申し入れに応じて撤去したところもあつたが、旭、東成、城東の各民商は右申し入れに応じなかつた、そこで昭和三九年三月二日の大阪国税局定例部長会で右民商の上部団体である原告に別紙(二)要求書を送付して本件立看板の撤去方を申し入れることおよび新聞記者会見で発表することを決定したことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、翌三日塩崎が別紙(二)要求書を原告宛に配達証明郵便で送付するとともに同日の定例記者会見で当時の直税部長長岡が、本件立看板の撤去を要求したことおよびその理由について別紙(二)要求書記載の内容と同趣旨のことを発表したことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、右の新聞記者会見での発表の際、資料として別紙(二)要求書の写しと本件立看板が立てかけてある状況を示す写真数枚を提示した事実を認めることができる。

3  そして、同日付読売新聞夕刊に「反税看板の撤去国税局商工団連に警告」同毎日新聞夕刊に「納税意欲を低下さす立看板、大阪国税局商団連に撤去要求」という見出しの各記事が掲載されたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、同月三日付日本経済新聞タ刊に「納税意欲下げる看板やめよ、国税局商工団体に要求」同朝日新聞夕刊に「徴税批判に警告大阪国税局立看板の撤去要求」という見出しの各記事が掲載されたことが認められる。

4  その結果、〈証拠省略〉によれば、原告傘下の住吉民商においては二、三日間に五名の会員が脱退したこと、自転車バイク商業組合、大阪既製服縫製協同組合等の業者団体との協同の税制改革運動が阻害されたこと、会員の動揺があつたことが認められる。

(四)  本件要求書送付および新聞記者発表の違法性の有無について

1  大阪国税局が本件立看板が不当であるとしたのは、〈証拠省略〉によれば、確定申告時に、税務署の周辺で本件立看板が掲出されたので、本件立看板を全体としてみたとき、「税務署の一方的おしつけ課税反対!納税者の計算した自主申告を認めよ」とか現行税制で認められない「税金は大企業から取れ・・・八十万円以下免税に」という立看板は、原告の従来の活動との関連においてその時点の税法に従つて納税しようと思つている人に嫌悪感をおこし、納税することがばかばかしい、過少申告でもしようではないかあるいは税金を納めないようにしようではないかというような気持をおこさせ(納税意欲を低下させ)、現行税法にもとづく税収入が国庫に入らないという徴税事務の混乱をまねくおそれがあると判断したことによると認められるが、所得税の確定申告時は多数の納税者が税務署に集まり、税務署においては十分な租税収入を確実にあげるべく最も重視している時期であること、現在の申告納税制度は納税者が自発的に正しく所得を申告し、納税しようという気持を有していることを前提にしていること、およびさきに判示の本件立看板掲出行為に至るまでの経緯にかんがみると、現に税務行政の任に当り、その適正、円滑な運営を図るべき職責を負う大阪国税局が右のように判示したとしても、もつともな事情にあつたというべきであり、

2  〈証拠省略〉によれば、本件の新聞記者発表は定例記者会見によるものであること、そして定例記者会見は毎週火曜日大阪国税局の広報事務の一つとして行われ、一般国民に知らせるのを適当とするもの、例えば、確定申告状況、長者番付、税務署の行事、宣伝、にせ税務職員の件、悪質な脱税事件等を過失において発表していたこと、国税局においては記者会見の際、局長が不在のときは所轄部長または課長が立会うという慣行になつており、本件記者発表は局長の了承のもとに直税部長の長岡が立会つたことが認められ、そして記者会見で発表した目的が、さきに判示の納税者の納税意欲の低下のおそれが現実に発生しては、税法を忠実に執行すべき義務をもつ国税局としては取りかえしがつかないので、国税局が本件立看板の撤去方を要求したことを国民に知らせると国民は納税義務を現行税法に従つて履行しなければならないと思つてくれると考えたからであると認められ、それ以上の他意があつたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、本件記者会見に違法のかどは認められない。

3  つぎに、大阪国税局が原告宛に送付した別紙(二)要求書について検討するに、本件要求書送付は、単なる警告であつて法的強制力はなく、仮に、原告がその要求に応じなかつたとしても、処罰されたりあるいは法的に何らかの不利益を受けたりするものではない。

4  新聞記者会見での大阪国税局の発表事実はさきに判示のとおりである。もつとも、さきに判示のとおり昭和三九年三月三日付読売新聞夕刊には「反税看板の撤去」という記事が掲載されているが、記事を掲載するか否か、どのような内容の記事を掲載するかについては、原則として、該新聞社にその取捨選択の自由ならびに決定権があるのであつて、特段の事情のないかぎり第三者が記事掲載に容喙できないことは周知の事実であるから、右事実によつては原告主張の大阪国税局が原告を反税団体である旨記者発表したとの事実を推認することはむずかしく、またさきに判示の本件新聞記者発表の事実を検討するに、原告を誹謗したと認めるに足りない。

以上の諸事情を考え合せると、原告の本件立看板掲出行為に対し、大阪国税局長塩崎の採つた本件立看板撤去の要求書送付ならびに新聞記者発表の処置は、国家公務員法第一〇二条に違反しないのみならず、いまだ原告の名誉権、結社権を違法に侵害したものとはいえない。

もつとも、〈証拠省略〉によれば、大阪国税局長が本件立看板の一種類一種類を撤去の対象とせず、全体的にみて不当なものと判断し、何ら被告の税務行政の妨害に関係のない「市、府民税は高い・・・」とか「税金と営業の道しるべ・・・」などの立看板についてもその撤去方を要求したことが認められる。大阪国税局の右の措置は必ずしも適切な方法とはいえないにしても、別紙(二)要求書送付による本件立看板の撤去方の勧告が法的強制力をもたない点を考えると、大阪国税局長として右要求をした塩崎潤の措置は、原告の権利を侵害した違法な措置ということはできない。

(2)  〈証拠省略〉によれば、大阪国税局は原告に送付した別紙(二)要求書の到達の効果を確認することもせず、直ちに記者会見を行ない、さきに判示したとおりの事実を発表したと認められる。この点について検討するに、前記認定の本件立看板掲出に至るまでの経緯にかんがみると必ずしも妥当を欠く違法なものとはいえず、また、右事実をもつては、原告主張のように大阪国税局が原告の組織の破壊あるいは活動を抑圧することを意図して本件新聞発表をなしたということはできないというべきである。

二  そうすると、その余の点について判断をするまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 藤井俊彦 大谷種臣)

別紙(一)

1.自民党池田政府の高物価・重税・不況の政治に反対しすべての商工業者は団結しよう

2.自家労賃を認めよ

店主と家族の働いた所得を営業所得と区分せよ

3.税金は大企業からとれ

年所得標準家族五人八十万円以下免税に

4.税務署の一方的おしつけ課税反対!

納税者の計算した自主申告を認めよ

5.市、府民税は高い

条令改正でさげさせよう

6.諸物価を上げる固定資産評価がえ反対

台帳を縦覧し不当な評価には異議申請しよう

7.税金と営業の道しるべ

商工業者の相談相手、商工会に入りましよう

別紙(二)

要求書

税務署前の不当な立看板について

貴会が従来から税務行政全般にわたり、いろいろ支障を与える行動をとつてきていることは、極めて遺憾であるが、今回またまた貴会さん下の民主商工会が確定申告の時期を選んで、わざわざ各税務署前路上に一般国民の納税意欲を低下させる意図をもつ立看板をたてるという不当な行為をあえて行つている。

当局としては一般納税者の納税意欲に及ぼす影響から考えて放置するわけにはゆかないので税務署長からこの立看板の撤去要求を該当地区商工会にしているところであるが、貴会においてもこれらの不当な立看板の撤去方を、さん下商工会に連絡するよう要求する。

昭和三九年三月三日

大阪国税局

大阪商工団体連合会

理事長 猪塚清七 殿

別紙(三) 集団申告一覧表〈省略〉

別紙(四) 集団抗議一覧表〈省略〉

別紙(五) 証拠説明書〈省略〉

別紙(六) 納税者心得十ケ条

一、官公吏の調査には強制調査(大口脱税等の場合)と任意調査の二種があり日常行なわれる調査(実態・実額)はすべて任意調査に属するものであります

二、一般に行なわれる調査は納税者の協力を前提とし意志(基本的人権)を尊重して行わなければなりません従つて調査は事前に連絡をし納税者の都合を聞くのが当然であり突然な調査は断わる権利があります(憲法第十七条第十一条)

三、官公吏が質問権があると称してみだりに質問する場合があるが何人も此の際自己に不利益なる答弁は一切する必要がありません(黙否権)(憲法第三十八条)

四、何人も住所書類所持品等についての検査は正当な理由により発せられた令状がない限りみだりに侵入捜索押収等は出来ません。(憲法第三十五条、国徴法第二十一条)

五、官公吏が任意(実態・実額)調査をなす為納税者家屋内に立いつたり或いは物件を調査する場合、納税者の許可がない限りみだりに行う事は出来ない事になつております(憲法第二十九条第十七条刑法第一三〇条)

六、官公吏が任意調査をなす為数時間を居座り納税者が甚だしく迷惑を蒙むり其の中止、退去を望んだら官公史は速かに帰らねばなりません三度帰つてくれと願いで帰らぬ場合は不退去罪が成立し其の調査は違法となります。

七、官公吏が納税者に接する場合脅迫的言じを用いたり捺印等を強要してはならない事になつております(憲法第三十六条、刑法第一九三条)

八、納税者が官公吏の不法行為により損害をうけた場合或いは其の恐れがある場合は法律の定める所により処罰を要求する事が出来ます(憲法第十七条)

九、以上の点を官公吏が守らずに其の職権を濫用し納税者に義務なき事を強制した場合は断呼処罰する事が出来ます(公務員法第九六条)

十、戦争を放棄し平和と自由、民主々義と人権を保証する憲法を大臣議員裁判官その他の公務員は厳守する義務があります(憲法第九十九条) 以上

大阪商工団体連合会

旭都島商工会

大阪市都島区内代町二丁目一九五

電話 大阪(九)六三七一~三番

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